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神戸地方裁判所 昭和48年(ワ)534号 判決

原告

広狩由美子

右法定代理人

広狩孝

外一名

右訴訟代理人

下山量平

外一名

被告

室谷勝

室谷早苗

右被告ら訴訟代理人

井上逸子

外三名

被告

神戸市

右代表者

宮崎辰雄

右訴訟代理人

俵正市

外一名

主文

被告らは原告に対し、各自金三八二万五七九六円及びこれに対する昭和四八年六月二二日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの連帯負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

被告らは原告に対し、各自金五七四万円及びこれに対する昭和四八年六月二二日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  傷害事故の発生

原告(昭和三六年一一月一三日生)は、当時神戸市立下山手小学校三年生で、同校教諭谷口清乃の担任する学級に在籍していたが、昭和四五年六月一七日、同教諭の一時間目の授業中、原告の右隣に座つていた同級生室谷浩二(昭和三六年七月九日生、以下浩二という。)により、鉛筆の尖つた先をもつて突然左眼を突き刺され、そのために穿孔性角膜外傷、外傷性白内障の傷害を受けた。

2  被告室谷勝、同室谷早苗の責任原因

浩二は右被告室谷両名の長男であるが、本件事故発生当時満八才であり、自己の前記違法行為の責任を弁識するに足るべき知能を具えていなかつたところ、右被告室谷両名は同人の親権者として同人を監督すべき法定の義務を有していたのであるから、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

3  被告神戸市の責任原因

学級担任の教師はその受持つ児童について保護監督義務を負つているところ、谷口教諭は、本件事故発生以前から浩二が授業中全く注意散漫であり、守らなねばならない規律をよく忘れることや、しばしば隣席の原告に対してだけその身体を鉛筆で突いたり、スカートに落書をする習癖があることをよく知つていたのであるから、同教諭としては、日頃から浩二の挙動に特に気を配り、必要に応じて注意し、また、席替えや、浩二の前記の性癖の矯正のために同人の親と突つ込んだ話し合いをするなど同人の原告に対する加害行為を防止するため適切な措置をとるべき監督義務があつた。

それにもかかわらず谷口教諭は、学級担任として当然とるべき監督措置をとらず、漫然と事態を放置した過失によつて、本件事故を発生させたものである。

谷口教諭は神戸市教育委員会より任命された同市の地方公務員であり、その職務を行うにつき過失があつたものであるから、被告神戸市には国家賠償法第一条により、または谷口教諭の使用者として民法七一五条により、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

4  損害

原告は前記傷害により、即日神戸市生田区中山手通四丁目三五山本眼科へ入院同年七月二〇日白内障摘出手術を行い、同月三一日退院したが、更に同年八月二〇日後発白内障截開術を実施、爾後熱気あん法、吸収剤投与等の治療を行い、現在も通院加療中であるが、受傷後最低五年間は通院が必要である。

それでもなお後遺症として左眼は受傷前1.2の視力が現在裸眼で0.02に減退し、かつ高度の遠視となり、コンタクトレンズによる矯正をしてもなおも六・七十才の老人程度の視力しかなく、新聞は読めず教科書も見にくい状態であつて将来一般人と同様の満足な就業はできない。

よつてその損害額は次のとおり合計金五七四万円となる。

(一)入、通院による慰謝料

金一一〇万円

入院一ケ月半、通院一五ケ月間で金六五万円、以後一ケ月金一万円の割合で受傷後五九ケ月目までの通院分として金四五万円の合計

(二)後遺症(八級)による慰謝料

金一三〇万円

(三)労働能力低下による逸失利益

金三三四万円

収入を一ケ月三万円とし、一八才から五五才迄の三七年間労働可能としてホフマン式計算法にて計算し、それに労働能力喪失率(四五パーセント)を乗じた金額

5  結論

よつて原告は被告らに対し、各自金五七四万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年六月二二日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告室谷勝、同室谷早苗の認否〈省略〉

三、請求原因に対する被告神戸市の認否〈省略〉

四、被告室谷勝、同室谷早苗の抗弁

仮に浩二が鉛筆の先で原告の眼を突いたとしても、被告らは監督義務を怠らなかつたものであるから、賠償義務はない。即ち、親権者の監督義務が児童の生活の全面にわたつて存するとしても、その責任は無限ではなく、もつぱら学校側の監督下において発生した事故、特に、授業中、担任の谷口教諭の眼前で発生した本件事故については、同教諭ないし学校当局が浩二に対し、民法七一四条二項の代理監督義務者として全面的に監督義務を負つていたのであり、その反面として被告室谷両名の親権者としての監督義務は、その間排除されているものと解するべきである。そうでなければ、親権者は安心して児童を通学させられないことになる。

仮にそうではないとしても、浩二は平素親の意見をよく聞く素直なおとなしい子供であり、他人に迷惑をかけるような行為をすることはなかつたが、被告室谷両名も親権者として、浩二に対し、常に人に迷惑をかけることのないよう注意をし、常日頃から十分な監督をしていた。

したがつて被告室谷両名には、本件事故についてなんらの責任はない。

五、抗弁に対する認否〈省略〉

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件事故の発生

昭和四五年六月一七日、神戸市位下山手小学校の谷口教諭の担任である三年生の教室内において、同教諭の一時間目の授業中に原告が左眼を怪我したこと、その時原告は浩二と席をな並べ原告が右側に、浩二が左側にすわつていたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は本件事故によつて左眼に穿孔性角膜外傷、外傷性白内障の傷害を受けたことが認められる。

二原告の負傷と浩二の行為関係

そこで原告の受けた右傷害が浩二の違法な行為によるものであるか否かにつき検討する。

まず、〈証拠〉を総合すれば、本件事故発生当時の浩二の性格、挙動、原告に対する態度について、次の事実が認られ、〈証拠判断省略〉。

原告と浩二とは幼稚園で一諸であつたが、昭和四五年四月に谷口教諭の担任する小学三年の学級の同級生となり、その後間もなく席換えがあつて二人掛けの机に原告は左、浩二は右と隣り合う席になつた。ところがそのころ浩二は性格的にはおとなしいほうであつたものの、思考的な面で成績のよい原告に比べて学級の水準以下の成績で、授業中注意散漫で勉強に身が入らず、よく消しゴムを潰したり、鉛筆で消ゴムを突いたり、鉛筆の芯を故意に折つたり落着がない動作が目立つようになり、授業時間中に何度も先生の注意を受けながら止める様子もなく、隣で座つている原告に対しても、しばしば鉛筆で袖やスカートのあたりをつついたり落書をするなどいだずらをしていたが、あるとき授業中に原告の着ている白いブラウスの背中に鉛筆で大きく落書きをし、谷口諭教に叱られたにもかかわらずその後再び本件事故の二、三日前にも同様に原告の無地のスカートに大きく落書きをした。原告は浩二がこのように以前に比べ著しく悪くなつて原告にいたずらをすることを嫌がつて、しばしば母親に浩二のことを、始終鉛筆をもつて嫌がらせをすると訴えていた。

また、本件事故発生後の事情について見ると、〈証拠〉を総合すれば、下山手小学校の養護教諭岩本さかえが、本件事故直後に一人で保健室へやつてきた原告に、負傷したわけを尋ねたところ、原告は鉛筆で眼を突かれたと答えたこと、原告は母親である広狩恭子に対しても、浩二が鉛筆でがつとやつたと話したこと、事故の日の午後原告を診察した眼科医山本尚武は、原告の口から鉛筆でつかれたということを聞き、またその時原告自身の口からか、或いは原告に付添つてきた者の口からは定かでないが、事故の原因について、原告が隣りの子から名を呼ばれて振り向いた拍子に、その子が原告にむけてかざしていた鉛筆で突かれた旨の説明を受けたこと、谷口教諭も後日原告が入院した病院で、原告の口から、浩二が突いたということや浩二に名を呼ばれたということを聞き、浩二にも事故の事情を尋ねたところ、同人は自分が突いたということは否定はしたものの、自分が原告の名を呼んだことは認めたこと、以上の各事実が認められる。

また、原告の負傷について見ると、〈証拠〉を総合すれば、その傷は原告の左眼の黒玉の下方左外側から真中辺へ約三ミリ位入つたところにあつて、長さ約三ミリ位縦に切れ、深さは水晶体の表面を突き破つて約四、五ミリに達していること、そのような小さく深い傷は、単に何かの破片が飛んで当つた程度でできるものではなく、西洋紙を重ねて四、五枚を突き破る位の相当な力を加えて細く尖つたもので突かねば生じ得ないものであることが認められる。

以上の事実に〈証拠〉を総合すれば、本件事故は浩二が国語のテスト時間中に手持無沙汰のまり原告に対していたづらをしようと思い、机上のテスト用紙に向つている原告の頭のあたりに自分の鉛筆をその先を原告に向けてかざし、そのまま原告の名を呼びそれを聞いて原告が浩二の方を急に振り向いた瞬間に、浩二がかざしていた鉛筆を突き出し気味にしたため、その先が原告の左眼に突き刺さつたことによつて生じたものと推認すべきである。

〈証拠判断省略〉。

してみれば、原告の負傷は浩二の違法な行為によつて生じたものであると認められる。

三被告室谷勝、同室谷早苗の責任

本件事故発生当時、昭和三六年七月一九日生の浩二が満八才であつたこと、被告室谷勝、同室谷早苗が浩二の親権者であることは当事者間に争いがないから、右被告らは同人を監督すべき法定の義務がある。そして浩二は、右年令からすれば、先に認定した自己の違法行為の責任を弁護するに足るべき知能を具えていなかつたものと解するのが相当である。

ところで右被告両名は、本件事故が谷口教諭及び学校当局の民法七一四条二項所定の代理監督義務が全面的に及んでいる授業時間中の教室内で発生したものであるとの故をもつて、自己の免責を主張するのでこの点を検討する。

まず、代理監督者に責任ある場合に法定監督義務者にも責任があるか否かについては、特に規定はないが、同条一項と二項とは相排斥するものではないから、これを積極に解すべきである。

次に、なるほど、公立小学校の担任の教員は学校教育法の精神や教師としての職務の性格、内容からの当然の帰結として、学校における教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係について、親権者等の法定監督義務者に代わつて児童を保護し監督する義務を負い、そして、小学校教師は、右義務を負担する反面、学校教育法所定の小学校教育の目的を実現するため児童を訓戒、監督する権限を有し、この権限は親権の一内容である監護教育権をも制約できる場合があるのであるから、親権者としても、小学校教師の右権限行使に支障をきたす親権行使は許されず、反面その範囲では監督義務を果たさなくても、監督義務を怠つたことにはならないと解されないではない。

しかしながら、このように考えるとしても、右に述べた許されるべきでない親権行使とは、小学校教師が教育活動又はこれと密接不離の関係にある活動中に親権者が直接監護を加える行為という狭い範囲のものに止まると解される。これに対して、本来法定監督義務者が負担している児童が加害行為をしないよう監督すべき義務は、右義務が児童を監視し直接監督行為を及ぼすことができる範囲内で当該児童が加害行為に及ぼうとする場合にのみ履行すべきものではない。この場合にのみ監督義務を承認するならば、いかなる法定監督義務者といえども児童を常に監督し直接監督できる範囲内におくことは不可能であるから、民法七一四条の意義を不当に狭めることになるが故からである。特に監護教育を含む親権が権利であるのみならず子及び社会に対する義務であり、親権者は子どもと同居して扶養し、その性格、性癖、知能的発達段階等につきもつとも知識を有していてその全生活関係に関与すべきものであり、更にまた、児童が一般的に社会生活規範に習熟せず人格が未熟で意思能力に欠けるだけに加害を行いやすく、行動も合理性を欠き予測し難い面があるため何をするか判らぬが加害行為をすることだけは十分予見できる場合が多く、家庭など周囲の環境にも影響されやすいことからすると、親権者の負担する児童の他人に対する加害行為を防止すべき監督義務は、児童が加害行為に及ぶ現実的かつ具体的危険が生じた場合にその発生を阻止すべきであるという具体的な狭い範囲の義務に尽きるものではなく、児童の生活全般にわたる広汎かつ一般的なものであつて、当該児童が、一般的基本的社会生活規範やどのような行動をとれば右規範に触れる結果になるかについての理解と認識を深め身につけることができるよう、また、社会の事理にかなつた行動を目指す意思の統制力を強化できるよう、常日頃から教育、訓育を行うことによつて、もしそれでも効果が見られないようならば、深く情操教育などを通して人格の改善と成熟をはかることによつて、他人に対する加害行為の発生を防止すべき義務でもあるといわなければならない。更に、小学校教師の教育活動中の監督は、義務教育に由来し、義務教育は、親権の重要な一部である教育権(民法八二〇条)の重要な部分であるから、親権者は児童に対し前記監督に服するよう、常日頃から教育、訓育を行うことによつて監督すべき義務があり、このような義務を尽していたならば本件加害は発生しなかつたであろうことは、前記二及び後記四に認定したところから十分推認しうるところである(もつとも、親が民法七一四条但書の免責を得るには当該児童の性格、年令等に応じて、社会の一般常識上必要とされる程度にまで前記の各義務を果たしていれば足るものと解せられる。)。

そして、このことを浩二に即していえば、被告室谷両名は、他人の顔面を先の尖つたもので突いたりなどすると思わぬ大怪我をさせることがあるからしてはならないこと、また、他人の人格は尊重しなければならないから他人の気持を大切にしないとか、他人の嫌がるようなこと、特に他人の身体を故意又は重大な過失によつて傷けるようなことは厳につつしまなければならないこと、また、谷口教諭の注意をよく聞き授業中は同級生にいたずらなどしてはならないことを、日常平素から、少なくとも戒しめ教育することによつても監督すべき義務があると解せられるのである。そうだとすると、このような親権者の一般的監督義務は、児童の加害行為が授業中に行われたからといつて果たすことができないものではない(その場合は、親権者が右加害を阻止する具体的行動をなし得ないというだけである。)。そして、被告室谷両名は、右のとおりの監督義務を怠らなかつたことを立証するのでなければ、授業中の事故についても免責されないといわなければならない。

そこで被告室谷両名が、浩二の親権者として常に同人に対して以上の諸点についてどのような監督をしてきたかについて検討すると〈証拠〉を総合すれば浩二は、本件事故当時、学校内の規律を守らない傾向があり、社会的ルールが身についておらず、集団生活からはみ出していたこと、被告室谷両名は浩二が生れる以前から現在に至るまで、寿司屋を営業し、妻の被告早苗も家事の他に店の仕事を手伝つていたこと、被告早苗は浩二が鉛筆を折つてくることについて浩二に直接注意をし、本件事故の前の五月中旬に谷口教諭が家庭訪問に来た際、浩二の落着きのなさや、鉛筆を折るくせなどについて、同教諭と話したことはあつたことは認められるけれども、被告室谷両名が先に説示したとおりの親権者として果すべき一般的な監督義務を怠らなかつたことを認めるに足りる証拠はないといわなければならない。

してみれば被告室谷両名は、浩二の行為による本件事故についてその責任を免れ得ることはできないものと解すべきである。

四谷口教諭の過失

前項に述べた、教師が教育活動及びこれと密接不離の生活関係において、代理監督義務として負う児童を保護すべき義務は、児童の生活身体の安全について万全を期すべき高度の義務である。

そして、小学校低学年の児童に対する学校教育は、家庭では実現できない集団内での人格教育の面をも含み、また、安全教育をすることによつて監督するものでもあると考えられるから、特に教師が児童の担任である場合の監督義務は、親権者のそれに対し単に補完的副次的なものにとどまるものとは解し難く、教師の教育内容の重要な一部分を占めているものと考えられる。

したがつて小学校低学年の児童を担任する教師としては、単に一般的抽象的な注意や指導を日頃尽していれば足りるのではなく、学校における教育活動及びこれと密接不離な生活関係に関する限りは、児童の一人一人の性格や素行に対し日頃から注目し、特に他の児童に対し危害を加えるおそれのある児童については、かかる結果の発生を回避すべく十分な指導や配慮をし、また自己の指導が及ばぬ場合には児童の親権者に適宜報告や相談をして、親権者の注意指導の努力を喚起すべき義務を負うと解せられる。

もつとも、公立小学校教諭の右義務は、学校における集団教育の場におけるそれであるから、右教諭はこのような場における教育者として学校生活のうちに通常予見し、又は予見可能性がある事故についてのみ責任があるものと解される。

そこで、本件事故についてこの点検討する。

〈証拠〉を総合すれば、浩二は先に二項で述べたようないたずらを原告に対してのみすること、原告は母親のすすめでしばしば谷口教諭に浩二のいたずらを告げていたが、浩二は同教諭に注意されてもいつこうにそれをやめなかつたこと、原告の母の広狩恭子もPTAの会合で谷口教諭と同席した際、浩二が悪くなつたことを告げ、また前記のスカートの落書きをされたときにもその旨を谷口教諭に連絡して善処を求めたこと、浩二は、学校の規律を守らないことが再三で、他人に迷惑をかけないとの社会生活の基本的ルールが身についておらず、集団生活からの逸脱行動が多いなど年令に比べて人格の未熟さが目立つことを谷口教諭は十分認識していたこと、本件事故の際、谷口教諭は、国語のテストを実施中で、他の児童がカンニングをしている気配を察してこれに注意を奪われている間に、突然原告が席を立つてきて眼が痛いと訴えたため、その左眼を調べたが、傷の有無すら判らず、丁度死角に入つていたため浩二の加害の状況については一切認識がないことが認められ、〈証拠判断省略〉。

右の事実関係に加えて、当事者に争いがない浩二が授業中注意散漫であつたこと、本件事故前、原告のスカートに鉛筆で少しばかり落書きをしたこと、これらの事実を谷口教諭は知つていたこと、また、先に二項において本件事故発生当時の浩二の性格、挙動等として認定した事実、三項において被告室谷両名がした監督行為の内容として認定した事実などを総合して判断すれば、谷口教諭がカンニングの気配のある児童に気をとられその間浩二の動静に注意しなかつたことには特に責められるべき点はないが、前述のような性格の浩二が谷口教諭の再三の注意にもかかわらず、次第に原告に対するいたずらの度を進めていたことを認識していたのであるから、更に実効のある対策を講じなければやがては本件のような加害行為に及ぶことは、谷口教諭の十分予見できたところであると解される。被告神戸市は、本件加害行為は浩二の従来のいたずらとは質的に異なるから予見不可能であると主張するが、浩二は原告に対し、その身体に対する有形力の直接的行使である着衣へのいたずら書きを繰り返しており、また、本件加害行為のような、鉛筆を構えた上で相手を振り向わせ顔に鉛筆の尖が当るのを喜ぶ遊びは児童が誰でも知つているものであるから、前述のとおり児童の生命身体の安全について万全を期すべき高度の注意義務を負担する谷口教諭としては、やがて本件のような加害が生じることを予見すべきものであつたのは当然である。

もつとも〈証拠〉によれば、浩二は特に粗暴性のある児童ではなく、同教諭が担任となる際に特に粗暴で目を放すと他人に危害を加える程の問題児であるとの引き継ぎを受けた三人の中に浩二が含まれていなかつたことが認められるが、この事実をもつても右認定の各事実からの予見可能性の存在を否定することはできないものと解せられる。

そこで、このような場合に谷口教諭がとるべき措置であるが、〈証拠〉によれば、同教諭担当の学級の児童数は三二名であることが認められ、一クラスの児童数として必らずしも多い方とはいえないところ、〈証拠〉によれば、谷口教諭は児童全体対して日頃から他人に迷惑をかけぬよう一般的な注意をし、浩二に対しては授業中しばしば口頭でいたずら等の注意をし、同人が原告のブラウスに落書きをしたときには同人を一人で呼んで叱り、また浩二の態度が直らぬのである時は同人を二日程一人机に座らせたことが認められ、したがつて同教諭としても事態を全く放置していたわけではなく、浩二の生活態度の矯正のために一定の努力をしていたことが認められるけれども、それにもかかわらず前記認定のごとく浩二の原告に対するいたずらは一向にやまなかつたのであるし、このような浩二の行動は家庭での教育に問題があり、そのことを谷口教諭自身認識していたことは〈証拠〉から明らかであるから、谷口教諭としては更に浩二を厳しく説諭し、特に同人の母親である被告早苗に対して浩二のかかる状況を報告して被告早苗からも浩二の行動について説諭させ、或いは浩二の席を替える等、本件事故の発生を防止するためになおなすべき措置があつたものと解せられる。

もつとも浩二の席換えについて、被告は浩二を並ばせたのは両者の友人関係を尊重配慮したためであつた旨主張するが、本件ではその後に続いた浩二の原告へのいたずらに対する対策が問題となるのであるから、仮に被告の各主張が認められるとしても、原告と浩二の席を放置していたことが必ずしも正当化されるわけではない。

しかるに〈証拠〉によれば、本件事故前の五月ごろ、谷口教諭が被告室谷宅に家庭訪問をした際も、またその後二度にわたつて前述のとおり原告の着衣への落書きがあつた際も、谷口教諭から被告早苗に浩二の原告に対する度重なるいたずらにつきなんの報告もなかつたので、結局被告早苗としては本件事故が発生するまで、浩二が原告にかかるいたずらを重ねていたことを全く知らず、浩二に対し原告へのいたずらをやめるよう説諭したことはなかつたことが認められる。また谷口教諭が前記認定の一定の努力の他に特段の注意指導や具体的措置を講じたことは本件全証拠によるも認め得ない。

以上によれば、谷口教諭は本件事故発生を防止するために、自己に要求される監督義務を尽していたとはいえず、同教諭がこの義務を尽していたら本件事故の発生は防止できていたものと解せられるので、同教諭には監督義務の懈怠による過失があつたといわざるを得ない。

五被告神戸市の責任

谷口教諭は神戸市教育委員会より任命された同市の地方公務員であることは当事者間に争いがなく、前記判断によれば同教諭にはその職務を行うにつき過失があつたものであるから、被告神戸市は国家賠償法第一条により、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

六原告の損害

(一)  治療の経過

〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められる。

原告は本件事故の発生した昭和四五年六月一七日、直ちに神戸市生田区中山手通四丁目三五山本眼科へ入院し、安静加療の後同年七月二日に一旦退院したが、再び同月二三日に同病院に入院して同日外傷性白内障摘出手術を受け、同月三一日に退院した。更に同年八月二〇日には第一回の後発白内障截開術を受けた。その間及びその後も通院を続け、白内障に対する熱気あん法、吸収剤投与等の治療を受け、昭和五一年四月一日に至るまでの間の通院日数は、同四五年に一三〇日、同四六年に一四六日、同四七年に九五日、同四八年に五二日、同四九年に三五日、同五〇年に四二日、同五一年に五日計五〇五日に達した。またその間、同五〇年七月二一日には第二回の後発白内障截開術を受けた。原告は現在及び今後においても引続き月一回程度は通院し、治癒の経過をみる必要がある。

(二)  原告の後遺障害

同じく前記各証拠によれば次の事実がみとめられる。

原告の左眼の裸眼視力は本件事故発生前は0.9であつたが、本件事故により著しく減退し、前記治療により昭和四八、四九年には一時0.02、矯正で最大1.0にまで回復したが、その後再び後発白内障により同五〇年の春には矯正で0.4、時には0.1にまで減退した。そこで前記第二回の後発白内障截開術を受けて再びやや回復したが、現在では裸眼で0.01、矯正では最も状態の良い時に0.9に達することがあるものの、通常は0.6程度にとどまつている。また、前記の白内障摘出手術により水晶体が摘出されているため、左眼は調節力を全く失つており、将来の回復の見込みはなく、矯正視力は、コンタクトレンズの交換等により0.9程度にまで回復の可能性がないとはいえないが、一方では截開術で作つた穴が炎症等で塞がり、かえつて視力が減退する可能性もあるので、将来の明確な矯正視力は確定し難い。

また左眼は右の如く調節力がないので六、七十才の老人程度の高度の遠視となつているところ、眼鏡の使用は両眼の像の大きさに極端な差ができるために不可能で、コンタクトレンズを使用しても左眼は新聞の字が読めず、教科書も読みにくい状態である。

(三)  損害

したがつて右認定事実によれば原告の被つた損害は左のとおりである。

(1)  入、通院による慰藉料

計金八一万円

原告が入、通院等の精神的苦痛によつて受けた損害は次の金員をもつて慰藉さるべきと認めるのが相当である。

(昭和四五年)

入院二回で通算二五日、通院はほぼ毎日で計一三〇日、これに対して計金三〇万円。

(昭和四六年)

通院が約2.5日に一回で計一四六日。これに対して計金二五万円。

(昭和四七年)

通院が約3.8日に一回で計九五日。これに対して計金一〇万円。

(昭和四八ないし五〇年)

通院が約8.5日に一回で三年間で計一二九日。これに対して計一五万円。

(昭和五一年)

通院が計五日。これに対して計金一万円。

以上合計金八一万円。

(2)  後遺障害に対する慰藉料

金一三〇万円

原告の前記後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表の第八級に該当し、左眼の裸眼視力の回復の見込みはないこと、左眼の調節力の欠如という特殊な障害の存すること、及び本件全証拠によるも、本件事故発生について原告には責められるべき点がなく、本件事故は突然に原告を襲つた不幸な事故であることが認められることを考慮すれば、右障害による精神的苦痛は金一三〇円をもつて慰藉さるべきと認めるのが相当である。

(3)  逸失利益

計金一七一万五七九六円

原告は本件事故当時満八才の女子であつたから、各種統計によれば、その稼動可能期間は満一八才より三七年間は下らないことが認められ、また労働省労働統計調査部編の昭和四五年賃金センサスによれば、当時における一八才の女子の平均月収は、原告主張の三万円を下らなかつたことが認められるから、一ケ年にして少くとも三六万円を下らない収入を得られるものと推認することができる。

ところで原告の前記後遺障害は、労働基準法施行規則別表第二の第八級に該当し、その労働力の喪失割合は、労働省労働基準局長通達(昭和三二年七月二日、基発五五一号)の別表労働能力喪失率表によれば、四五パーセントであることが認められる。

しかし、原告は女子で若年であるので、前記の視力障害が残るとしても、できるだけそれが支障とならぬ職業を選択し得る余地は残されており、右の四五パーセントの喪失率をそのまま適用することは相当でないと解せられるが、前記のとおり新聞や教科書等を読むことにも障害があつて、職業選択の前提となる勉学面においてかなりのハンデイを負つていると解せられるので、これらの事情を総合的に判断すれば、原告の労働力の喪失率は三〇パーセントとみなすのが相当である。

よつて原告の逸失利益をホフマン方式により年五分の中間利息を控除して計算すれば、その合計は金一七一万五七九六円となる。

360,000×0.30×(23.832−7.945)

=1,715,796

(4)  よつて右各損害を合計すれば、原告の被つた損害は金三八二万五七九六円となる。

六結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自金三八二万五七九六円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四八年六月二二日から完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(野田殷稔)

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